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爆速で英語論文を読む

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[概要] この記事では、shellと適当な翻訳ソフトで、英語論文をチャチャっとそれなりに和訳して、内容を把握するための情報処理Tipsを提供します。 途中、なぜこのような記事を書くに思い至ったか、という雑感が著してありますが、急いでいる人は [方法] まで飛んでください。 [4/16日: 文字化け問題を解消しました。] [序文]   このコロナウイルス騒動で、自宅待機を命じられ、しこたま英語論文を読んでいる人も多いのではないでしょうか。 特に、ラボに入って間もない学生さんたちには、とてつもない苦行なのではないか?と推測します。 私は今でも、英語をスラスラ読めるわけではないですし、ラボに入った頃を思い返すと、読んでも読んでも全然頭に入ってこなかったのを、とても鮮明に覚えています。 (読んだ論文の中身は覚えてないけど。。) 修士時代に留学先で出会ったアメリカ人は、Reveiw論文を何報も読んでいて、爽やかに「これがオススメだよ!」と、300 P 近くの論文の束を、わざわざプリントアウトして僕にくれました。 こんなん勝てるわけねぇ、、と思ったものです。 なぜ読めないのか?!? 分析してみると、2つの要因があるように思います。 1. 英語が不得意(そりゃそうだ) 2. 書いてある内容(サイエンティフィックな論理)が難しい どちらか一方が苦手なだけな人であれば、継続的な努力でなんとかなりそうです。 しかし、どちらも訓練がたりていなかったとしたら・・・? 英語論文を読むって、一輪車に乗りながら、そろばんを弾くくらいの難易度 があるのではないでしょうか。 ( イラストや にも、流石にこれらを同時にこなす人のイラストはなかった。) この点について、twitterを見ていると、 • ラボに入ったら、和文の総説から読み始めたらいいんだよ! 派と、 • 初めに変な癖がつくと良くないので一流とされている研究者の総説がいいよ! 派、 が戦っていました。昔は、後者押しでしたが、最近私は前者に傾いています。 というのも、境界領域的な仕事をしようとすると、やはり英語では吸収速度が遅く、間に合いません。 和文で概要を掴んでから、ピンポイントな論文は英語の原著、ということが多いです。 毀誉褒貶のある人ですが、人工...

シンギュラリティ

2000年前と今、変わったこと、変わらないことってなんだろう。今と2000年後、いや100年後、変わること、変わらないことってなんだろう。 いつも佐藤健太郎さんの書く記事は楽しく読ませていただいているが、最近投稿された二つの記事を読んで、考えさせられたことがあった。 1  世界史を変えた新素材 変幻自在の万能材料――プラスチック 前編 2  薬にまつわるエトセトラ 第32回「AI創薬の波」 一つ目の記事で特におもしろいと思ったのは、近代に入ってから見つかったプラスチックが、実はローマ帝国の時代に見つけた人がいたかもしれない、という話。 床に叩きつけても割れないグラス( プラスチック性 としか考えにくい)を、職人から献上された、時の皇帝ティベリウスは、その 職人につくり方を知っているのはお前だけか、と問う。 私だけですと答えた職人を、ティベリウスは賞賛すると思いきや斬首してしまう。 もしこれが本当にプラスチックであれば、職人が殺されていなければ、歴史は大きく変わっていただろう。 佐藤さんは、ティベリウスが暴君であったというよりは、常識を覆す性能をもった素材の出現によって、せっかく安定してきた政治が再び不安定になることを嫌ったのではないかと解説している。 (新物質の登場は、どっしりした権力のピラミッドでさえあっさりと覆す可能性があることをこの話は象徴しており、化学者としては高揚感を感じるものである。) ティベリウスが、ローマ帝国の安定を守るため、瞬時にそのような判断を下したのだとしたら、為政者としては翠眼としか言いようがない。ここで、自分だったらそこまで頭が回るだろうか?と、ハッとする。 僕は塩野七生のローマの歴史に関する著作を読んでいるが、ローマの政治は(2000年も前のことだというのに!)とてもよく考えて制度設計されており、リーダー達は今の人類と比べても遜色のないレベルだったと推察される。 つまり、約2000年の歴史を学ぶと、人類は多くのことを克服し、明らかにしてきたが、人類一人一人の能力は、決して大きく向上しているわけではないということが、逆説的によく分かる。ティベリウスが職人を斬首した事件のような咄嗟の英断は、長いローマの歴史の中で、幾度となくあったことだろう。ローマの時代から、大きく社会自体は発展した現代の我々...

セルフブランディング

 ちきりん日記の作り方と言う本を読み中。人気ブロガーがどうやってセルフブランディングをしてきたかを振り返った物だ。その中に、みんなが話題にしているからその話題に参加するというのは主体性のない行為で、みんながミニスカートをはくから私もはく、みたいな行為だという記述があった。(流行ってるものを消費するのは、それはそれでたのしいことだとおもうのだけれど)  この考え方は研究者にとっても大事とされている概念だと思う。盛り上がっている界隈は、何が問題か、面白いかが「顕在化」しているので、わかりやすい。大きなお金も動いている。  こういう分野に突っ込むと(僕も片足を突っ込もうとしているから感じる事なのだけど)、オリジナリティを表現する事が非常に難しい。研究者として、どうやって自分をブランディングしていくか、よく考えないといけませんね。いろんな人(化学者以外で第一線で活躍する人)がどんな事を考えているか知る事、そしてそれについて自分でも良く考える事、は大事ですね。