ゼオライト上でメタンを酸化する活性種はどんな化学種?

Stanford, ソロモン先生の新作がNatureに。

The active site of low-temperature methane hydroxylation in iron-containing zeolites
Nature 2016, 536, 317.
http://www.nature.com/nature/journal/v536/n7616/pdf/nature19059.pdf

解説記事
http://www.nature.com/nature/journal/v536/n7616/pdf/536280a.pdf

メタンは炭素と水素からなる、最も単純な有機化合物である。
近年、北米大陸のシェールガス開発が、世界の資源の流れ、お金の流れを変えているが、シェールガスの主成分がメタンである。
そのまま燃料として使えば良いのだが、ガスなので貯蔵や運搬のコストがかかることから、簡便に液化する方法として、メタノールへの変換が注目されている。
しかし、メタンは全く官能基を持たないがゆえC–H結合は極性をもたないため、極性反応が難しい。かといってC–H結合を均一開裂させようにも、メタンのC–H結合は高い結合乖離エネルギー(104 kcal mol-1)を持つため極めて安定である。
では、熱をかけて活性化エネルギーを稼いでやろうとすればどうだろう。メタンを酸化して生成するメタノールは、メタンより高い反応性を有することから、メタノールの酸化がメタンの酸化に優先して進行してしまう。この酸化反応の行き着く先は二酸化炭素であり、当然二酸化炭素になってしまえばエネルギーとしては使えないのである。s
このジレンマを超えた効率的な酸化反応系を構築することは、触媒化学のチャレンジであるとされている(C&E News, 1993, 71 (22), 23−27.)。

この難しい反応をこなすアプローチの一つとして、ゼオライト上に担持された遷移金属を触媒とする手法は精力的に研究されている。
しかしこれまで、ゼオライト触媒中の活性点が、どのような構造を取っているかについては長年大きな議論があり、はっきりしないことが多かった。触媒表面のリアルタイム解析(operando/オペランド [operationのラテン語] 解析)は、触媒化学領域でホットなワードになって久しいが、この論文では活性点について、触媒表面の反射スペクトルとMCD(マグネティック サーキューラ ダイクロミズム/磁気円二色性)分光スペクトル、メスバウアースペクトルから切り込んでいる(メスバウアーのデータをサポーティングに突っ込むとは、なんて贅沢な)。Solomonは特に、MCDを用いて遷移金属元素のd軌道を記述することに精力的に取り組んでおり、他の研究者の追付いを許していない。d-d遷移に対応する吸収帯を解析することで、d軌道間の分裂(D, E)について考察することができる。原理については、秋津先生の解説がくわしい(生物物理 2008, 48, 253)。

論文では、亜酸化窒素(N2O)を酸化剤として、活性種を生成させている。この反応系ではレスティングステイト(休止状態/触媒サイクルの出発点)の触媒に亜酸化窒素を流通することにより、寿命のある活性種を生成させることに成功している。さらにここに、メタンを流通させることにより、触媒のスペクトルが変化することを観測することにも成功している(類似の系が全く無かったわけではない)。
これらの化学種に関するスペクトルを取得し、コンピューターシミュレーションの結果と比較することにより、どのような化学種が系中で生成しているかについて議論を行っている。
さっそくこの反応系でメタノールを作ることができるのか、といえばまだまだ問題はあるが、より効率的な反応系の構築に向け、どのような化学種が反応のキープレーヤーであるかを調べることは非常に重要である。

論文の結論としては、活性点である鉄は、レスティングステイトでは少し歪んだ平面構造の二価状態であり、活性種はオキサイド[O2–] (またはオキソ)をアピカル配位子とする四角錐構造であるということだ。MCDから求められた、d軌道間のエネルギー差を示す値であるゼロ磁場分裂定数(D)の値が有意に大きく、鉄四価として帰属することが妥当とのこと。
私は固体触媒の活性点を切り出したような分子である、錯体分子の研究分野を主にフォローしているが、ここでは鉄四価オキサイドが活性種であることは広く認められている。
(例:Crystallographic and Spectroscopic Characterization of a Nonheme Fe(IV)=O Complex. J.-U. Rohde, et al. Science 2003, 299, 1037)
しかし、固体触媒の分野では、鉄三価オキシル錯体が活性種であるとの主張が、長年優勢であった。
鉄四価オキサイドも鉄三価オキシルも、電子の総数は一定だが電子の分布が異なる(下図)。前者は鉄と酸素の結合が二重結合を有しているが、後者には単結合でつながっているとするものである。(どっちでもいい、といわれると困るけど気になりませんか?)

酸素原子の2p軌道に入った不対電子は、鉄のd軌道上の電子と共有結合性の軌道を生成することができる。僕からすると、なんでわざわざラジカル性の"オキシル"として、活性種を記述するんだろう、と不思議でしょうがなかったのだ。この論文から風向きが変わって鉄四価オキサイドと記述する研究者が増えるかな。
ここで示された構造は、メタン資化性細菌が有する酵素と、全く異なるものであるが(酵素は複核鉄を使っていると考えられている)、酵素同様、鉄の配位圏の構造が固定されていることが、メタンを酸化できるほど高活性な化学種を生成することに寄与しているのではないかという考察は興味深い。


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