Ni(II)はヤーン・テラーで歪むのか
銅(II)ヘキサアクア錯体では、軸位にある水は、エカトリアル位の水よりも少し遠くに位置していることが知られている(下図左)。銅(II)を代表として、eg軌道に奇数個の電子を持っている金属錯体は、上記の錯体と同様の、z軸方向の歪みを持つことが知られている。
この歪みは、dx2–y2軌道とdz2軌道の縮退が解けることにより、エネルギーの利得が得られるためだと教えるのがヤーンテラー効果 (Jahn-Teller Effect) の入門的な説明だ。
素直に考えて行けば、Co(II)に代表されるd7の電子配置を有する金属イオンや、ハイスピン状態をとったd4の金属イオンの八面体型錯体の場合、構造の対称性が低下することは容易に理解できる。
(縮退が自発的に解けることがポイントで、フラーレンラジカルアニオンのような高い対称性の骨格+奇数の電子をもつ有機分子でも起こることが知られている。)
それではニッケル(II)ではどうなるのか(上図、中)?この場合もdx2–y2軌道とdz2軌道の縮退が解けるのではなかろうか。(d8では起こらないと習った気もする。)
学部生にこのことを教えていて引っかかったので、調べてみることにした。
多くの入門書には、「ヤーンテラー効果はd7やd9の配置の場合にみられる」とさらっと書いてあるにとどまり、d8の場合はヤーンテラーは出ないとだけ書いてある。
どこかの教授さまが記した講義資料を幾つか拝見するも、肝心な知りたいところが書いていない。
幾つかの英文サイトを逡巡して、丁寧に解説してあるものを見つけた。やはり、多少の論争もあるらしく(Niもヤーンテラーするよ派 vs しないよ派)、論争を踏まえた上で、やはりNi(II)はヤーンテラー効果が出ないとするものであった。
参照 http://www.adichemistry.com/inorganic/cochem/jahnteller/jahn-teller-distortion.html
以下、その解説の要約である。
ニッケル(II)の電子配置について、ハイスピン状態(HS)とロースピン状態(LS)の二つに分けて考える。
HS.「 ニッケル(II)のハイスピン錯体は、eg軌道に電子を詰め込む方法が一つしかない。
よって、軌道の対称性を崩そうにも、縮退していないので、ヤーンテラー効果は発現のしようがない。」
なるほど、dx2–y2軌道とdz2軌道の縮退が解けるというよりは、
[dx2–y2軌道に二つ、dz2軌道一つ電子の入った状態]と、[dx2–y2軌道に一つ、dz2軌道に二つ電子の入った状態]が縮退していることが大事なんですね。
続いて、
LS.「ニッケル(II)のロースピン錯体は、たしかにdx2–y2軌道に電子が二つ入った状況と、dz2軌道に電子が二つ入った状況を考えることができる。しかし、dz2軌道に二つ電子が入った状態を考えると、平面四配位になる。その際すでに、dx2–y2軌道とdz2軌道はまったく縮退していない。縮退は解けているが、これはヤーンテラー効果のためでなく、単純な結晶場で説明されるものである。」
(※ dx2–y2軌道に電子が二つ入った状況[Ni(II)の直線二配位]はあんまり起きません。中心金属がd8で、配位子からもらっているのがローンペア二組だけ(2 × 2)だと、電子が少なくなりすぎるからでしょう[18電子則的に考えて]。より電子豊富な銅(I)などでは直線二配位もあります。)
なるほど、歪みをヤーンテラー効果によるものと説明するには、初期状態で二つの電子配置が縮退している必要があると。平面四配位 ≡ ロースピンになると、たしかに縮退はまったくしていない。
定義の問題に問題に立ち返るわけですね。
六配位のNi(II)では、ロースピンになるものがレアです(ない?)。二つの電子配置が十分近いエネルギーになるような配位子を持たせると、自然とハイスピンになってしまいます。dx2–y2軌道とdz2軌道が離れると平面4配位になってしまうので、そこは近づけて置きつつ、ギリギリ、ロースピンになるような構造を取らせることは難しいのかもしれませんね。
逆にいうと、六配位子八面体なのに、ロースピン、そしてヤーンテラー効果による歪みが出ているものを作ることができたら、教科書を改定させる研究になりそうだな。。。できそうじゃね??
と、ここまで書いて、Inorg Chem あたりにそれを考察した論文ありそうだな、とおもったのでした。
P.S. 銅(II)錯体が平面四角形や四角錐構造を好むのはヤーン・テラー効果のせいだ、と説明している人も、ちらほらいます。
まず1. 結晶場(配位子場)が決まって、2. 軌道が縮退しているとき、3. それが自発的に破ることを指して、ヤーンテラー効果と呼ぶ、という上記のロジックでいくと、この説明はNGになりますね。
この歪みは、dx2–y2軌道とdz2軌道の縮退が解けることにより、エネルギーの利得が得られるためだと教えるのがヤーンテラー効果 (Jahn-Teller Effect) の入門的な説明だ。
素直に考えて行けば、Co(II)に代表されるd7の電子配置を有する金属イオンや、ハイスピン状態をとったd4の金属イオンの八面体型錯体の場合、構造の対称性が低下することは容易に理解できる。
(縮退が自発的に解けることがポイントで、フラーレンラジカルアニオンのような高い対称性の骨格+奇数の電子をもつ有機分子でも起こることが知られている。)
それではニッケル(II)ではどうなるのか(上図、中)?この場合もdx2–y2軌道とdz2軌道の縮退が解けるのではなかろうか。(d8では起こらないと習った気もする。)
学部生にこのことを教えていて引っかかったので、調べてみることにした。
多くの入門書には、「ヤーンテラー効果はd7やd9の配置の場合にみられる」とさらっと書いてあるにとどまり、d8の場合はヤーンテラーは出ないとだけ書いてある。
どこかの教授さまが記した講義資料を幾つか拝見するも、肝心な知りたいところが書いていない。
幾つかの英文サイトを逡巡して、丁寧に解説してあるものを見つけた。やはり、多少の論争もあるらしく(Niもヤーンテラーするよ派 vs しないよ派)、論争を踏まえた上で、やはりNi(II)はヤーンテラー効果が出ないとするものであった。
参照 http://www.adichemistry.com/inorganic/cochem/jahnteller/jahn-teller-distortion.html
以下、その解説の要約である。
ニッケル(II)の電子配置について、ハイスピン状態(HS)とロースピン状態(LS)の二つに分けて考える。
HS.「 ニッケル(II)のハイスピン錯体は、eg軌道に電子を詰め込む方法が一つしかない。
よって、軌道の対称性を崩そうにも、縮退していないので、ヤーンテラー効果は発現のしようがない。」
なるほど、dx2–y2軌道とdz2軌道の縮退が解けるというよりは、
[dx2–y2軌道に二つ、dz2軌道一つ電子の入った状態]と、[dx2–y2軌道に一つ、dz2軌道に二つ電子の入った状態]が縮退していることが大事なんですね。
続いて、
LS.「ニッケル(II)のロースピン錯体は、たしかにdx2–y2軌道に電子が二つ入った状況と、dz2軌道に電子が二つ入った状況を考えることができる。しかし、dz2軌道に二つ電子が入った状態を考えると、平面四配位になる。その際すでに、dx2–y2軌道とdz2軌道はまったく縮退していない。縮退は解けているが、これはヤーンテラー効果のためでなく、単純な結晶場で説明されるものである。」
(※ dx2–y2軌道に電子が二つ入った状況[Ni(II)の直線二配位]はあんまり起きません。中心金属がd8で、配位子からもらっているのがローンペア二組だけ(2 × 2)だと、電子が少なくなりすぎるからでしょう[18電子則的に考えて]。より電子豊富な銅(I)などでは直線二配位もあります。)
なるほど、歪みをヤーンテラー効果によるものと説明するには、初期状態で二つの電子配置が縮退している必要があると。平面四配位 ≡ ロースピンになると、たしかに縮退はまったくしていない。
定義の問題に問題に立ち返るわけですね。
六配位のNi(II)では、ロースピンになるものがレアです(ない?)。二つの電子配置が十分近いエネルギーになるような配位子を持たせると、自然とハイスピンになってしまいます。dx2–y2軌道とdz2軌道が離れると平面4配位になってしまうので、そこは近づけて置きつつ、ギリギリ、ロースピンになるような構造を取らせることは難しいのかもしれませんね。
逆にいうと、六配位子八面体なのに、ロースピン、そしてヤーンテラー効果による歪みが出ているものを作ることができたら、教科書を改定させる研究になりそうだな。。。できそうじゃね??
と、ここまで書いて、Inorg Chem あたりにそれを考察した論文ありそうだな、とおもったのでした。
P.S. 銅(II)錯体が平面四角形や四角錐構造を好むのはヤーン・テラー効果のせいだ、と説明している人も、ちらほらいます。
まず1. 結晶場(配位子場)が決まって、2. 軌道が縮退しているとき、3. それが自発的に破ることを指して、ヤーンテラー効果と呼ぶ、という上記のロジックでいくと、この説明はNGになりますね。
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