量子化学の落とし穴(2)なんでそんなに運動量とか波数が大事なの?
「運動量演算子」なるものが、量子化学を勉強していると頻繁に出てきます。エネルギーは当然大事だとして、なんで運動量がこんなにフォーカスされるの?という疑問が化学専攻の方にはあるかもしれません(私はありました)。回りくどいですが、量子化学における運動量について納得するには、運動量と波数の関係について、まずは理解することが大事です。前回に続き、量子化学についての記事です。
波の一般的な形は、高校範囲の物理で教えられたかと思います。
\begin{aligned}
\psi \left( x,t\right) =A\cos \left\{ 2\pi \left(\dfrac {x}{\lambda } – \dfrac {t}{T}\right) \right\} \end{aligned}
ただし、A は振幅、T は周期、t は時間、x は原点から距離、 λ は波長です。
関数の名前は仰々しいものにする必要もないのですが、慣れるために Ψ を使いました。後ろの (t, x) は、時間と距離が変数の関数ですよという意味です。
位置 x [単位:m] を単位波長 λ [m] で割ることで、無次元の割合に変換し、時間 t [s] を、周期 [s] で割ることで、同様に無次元数としています。三角関数は 2π でもとに戻るので、これを割合 (x/λ) 、(t/T) に掛けてやることで、位置と時間の変位について表現しています。
この式の、( 2π x/λ ) の部分から、2π/λ を抜き出して k と置いてみましょう。
ついでに、( 2π/T ) を、角周波数 ω と書き換えます( 1/T = 周波数 (ν とか f )で、2πν = ω ですね。これも高校物理の範囲)。
\begin{aligned}
\psi \left(x,t\right) =A\cos \left(kx – \omega t\right)
\end{aligned}
やたらとスッキリした形になりました!要は式をスッキリさせたいので、波数 k が導入されます。
え、波数は波長の逆数じゃないの?なんでいきなり 2π が出てくるの?と思うかも知れませんが、物理屋さんが「波数が〜」と言っているとき(あるいは書いているとき)は 2π が入っているので注意しましょう(角波数という、ちゃんとした名前もあるようですが、ほぼ使われない)。この 2π を見落とすと、混乱します!
ポイント
k で表現される波数は、2π/λ (ホントは角波数と呼ばれるべきだが…)
~
ν (チルダ [~]が上についたギリシャ文字、ニュー)で表現される波数は 1/λ
前回「質量のない」光子にも運動量があるということについて書き、ド・ブロイ波についても書きました。
\begin{align}p=\frac{h}{\lambda} \end{align}
ここで出てくる λ を k で置き換えます。
\begin{align} p=h\frac{k}{2\pi}=\hbar k \end{align}
ここで、h/2π を ħ(エイチバー)を使いました。ħは、プランク定数を 2π で割っただけのものですが、便利なのでディラック定数と呼ばれ、非常によく使われます。
波数と波長の関係から自明ですが、波数と運動量が超シンプルな関係式で表現できました。波の位置 ( x ) と運動量は、とても結びつきの強い量だと言えそうです(不確定性原理のことですね)。
化学をやっている身としては、波を特徴づける量としては、波長が最も一般的ですが、波数 ( k ) を使うと、式がシンプルになるし、これに ħ を掛けるだけで運動量 p が表現できてしまいます。
さらに、先程の式で cos の括弧内、二項目の ω•t にも重要なヒミツがあります。ω は 2π•ν だったことを思い出すと、
\begin{align} \hbar \omega = \frac{h}{2\pi} 2\pi\nu = E \end{align}
となります。つまり、エネルギーが波の時間依存性を司るということです。
初等的な波動関数の問題として、井戸型ポテンシャルの問題を習うと思いますが、あそこで取り扱っているのは「時間に依存しない」波です。波の形は位置に依存こそすれど、時間には依存しません。つまり、エネルギーは量子数に比例して一定の形で求まるんですね。一方で、このときの波の運動量は x に応じて変化しているはずです(またの機会にもう少し触れたいと思います。)。
この波数 k は、周期構造(例えば結晶)を扱う物理でも、超重要単位です。固体の中に出来る、「超大きな分子軌道」すなわち、「バンド」について考えるとき、波数がよく使われます。電子を波として捉えると、掴みどころのない「位置(x)」で考えるより、波の特徴量である波数 k あるいは、運動量をベースにしたほうが扱いやすいのが背景だと思います。溶液化学者は逆空間と距離をおいて研究生活を送ることが可能ですが、固体物性はすべからく逆空間ベースで議論されていますので、簡単な事柄は理解しておいてもよいのではないでしょうか(詳しくは、逆空間(あるいは波数空間)といったキーワードで検索されたし。化学者でも結晶構造解析を深く理解しようと思ったら、逆空間は必要ですよ!)。
また、化学者にとっても運動量は大事です。というのも、運動量の概念の先に、「角運動量」の概念があるからです。角運動量は、s 軌道や p 軌道について理解するために必要な概念です。
並進対称な結晶の中のような空間では、そこに存在する波の特徴をよく表す量として波数が便利でしたが、溶液の中に並進対称性はありません(ある系もあるとは思う)。
しかし、角運動については閉じた空間をぐるぐる回るタイプの運動なので、波の特徴量を記述するものとして、角運動量について考えてやることが便利になるのかと思います。
またつれづれと書きましたが、運動量、という言葉に対しての苦手意識が薄らいで来たなら幸いです。次は、「運動量演算子を波動関数に作用させる」という操作について、もう少し書いてみたいと思います。
エンジョイ、量子化学!
波の一般的な形は、高校範囲の物理で教えられたかと思います。
\begin{aligned}
\psi \left( x,t\right) =A\cos \left\{ 2\pi \left(\dfrac {x}{\lambda } – \dfrac {t}{T}\right) \right\} \end{aligned}
ただし、A は振幅、T は周期、t は時間、x は原点から距離、 λ は波長です。
関数の名前は仰々しいものにする必要もないのですが、慣れるために Ψ を使いました。後ろの (t, x) は、時間と距離が変数の関数ですよという意味です。
位置 x [単位:m] を単位波長 λ [m] で割ることで、無次元の割合に変換し、時間 t [s] を、周期 [s] で割ることで、同様に無次元数としています。三角関数は 2π でもとに戻るので、これを割合 (x/λ) 、(t/T) に掛けてやることで、位置と時間の変位について表現しています。
この式の、( 2π x/λ ) の部分から、2π/λ を抜き出して k と置いてみましょう。
ついでに、( 2π/T ) を、角周波数 ω と書き換えます( 1/T = 周波数 (ν とか f )で、2πν = ω ですね。これも高校物理の範囲)。
\begin{aligned}
\psi \left(x,t\right) =A\cos \left(kx – \omega t\right)
\end{aligned}
やたらとスッキリした形になりました!要は式をスッキリさせたいので、波数 k が導入されます。
え、波数は波長の逆数じゃないの?なんでいきなり 2π が出てくるの?と思うかも知れませんが、物理屋さんが「波数が〜」と言っているとき(あるいは書いているとき)は 2π が入っているので注意しましょう(角波数という、ちゃんとした名前もあるようですが、ほぼ使われない)。この 2π を見落とすと、混乱します!
ポイント
k で表現される波数は、2π/λ (ホントは角波数と呼ばれるべきだが…)
~
ν (チルダ [~]が上についたギリシャ文字、ニュー)で表現される波数は 1/λ
前回「質量のない」光子にも運動量があるということについて書き、ド・ブロイ波についても書きました。
\begin{align}p=\frac{h}{\lambda} \end{align}
ここで出てくる λ を k で置き換えます。
\begin{align} p=h\frac{k}{2\pi}=\hbar k \end{align}
ここで、h/2π を ħ(エイチバー)を使いました。ħは、プランク定数を 2π で割っただけのものですが、便利なのでディラック定数と呼ばれ、非常によく使われます。
波数と波長の関係から自明ですが、波数と運動量が超シンプルな関係式で表現できました。波の位置 ( x ) と運動量は、とても結びつきの強い量だと言えそうです(不確定性原理のことですね)。
化学をやっている身としては、波を特徴づける量としては、波長が最も一般的ですが、波数 ( k ) を使うと、式がシンプルになるし、これに ħ を掛けるだけで運動量 p が表現できてしまいます。
さらに、先程の式で cos の括弧内、二項目の ω•t にも重要なヒミツがあります。ω は 2π•ν だったことを思い出すと、
\begin{align} \hbar \omega = \frac{h}{2\pi} 2\pi\nu = E \end{align}
となります。つまり、エネルギーが波の時間依存性を司るということです。
初等的な波動関数の問題として、井戸型ポテンシャルの問題を習うと思いますが、あそこで取り扱っているのは「時間に依存しない」波です。波の形は位置に依存こそすれど、時間には依存しません。つまり、エネルギーは量子数に比例して一定の形で求まるんですね。一方で、このときの波の運動量は x に応じて変化しているはずです(またの機会にもう少し触れたいと思います。)。
この波数 k は、周期構造(例えば結晶)を扱う物理でも、超重要単位です。固体の中に出来る、「超大きな分子軌道」すなわち、「バンド」について考えるとき、波数がよく使われます。電子を波として捉えると、掴みどころのない「位置(x)」で考えるより、波の特徴量である波数 k あるいは、運動量をベースにしたほうが扱いやすいのが背景だと思います。溶液化学者は逆空間と距離をおいて研究生活を送ることが可能ですが、固体物性はすべからく逆空間ベースで議論されていますので、簡単な事柄は理解しておいてもよいのではないでしょうか(詳しくは、逆空間(あるいは波数空間)といったキーワードで検索されたし。化学者でも結晶構造解析を深く理解しようと思ったら、逆空間は必要ですよ!)。
また、化学者にとっても運動量は大事です。というのも、運動量の概念の先に、「角運動量」の概念があるからです。角運動量は、s 軌道や p 軌道について理解するために必要な概念です。
並進対称な結晶の中のような空間では、そこに存在する波の特徴をよく表す量として波数が便利でしたが、溶液の中に並進対称性はありません(ある系もあるとは思う)。
しかし、角運動については閉じた空間をぐるぐる回るタイプの運動なので、波の特徴量を記述するものとして、角運動量について考えてやることが便利になるのかと思います。
またつれづれと書きましたが、運動量、という言葉に対しての苦手意識が薄らいで来たなら幸いです。次は、「運動量演算子を波動関数に作用させる」という操作について、もう少し書いてみたいと思います。
エンジョイ、量子化学!
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