電子移動の非断熱&断熱

電子移動反応を勉強すると出会う、よく意味のわからない言葉、

 ”断熱過程 (Adiabatic) & 非断熱過程 (Non-adiabatic)”

について、調べました。(断熱過程で調べると、熱力学の記事ばかりでるんですよね。)

量子論では、複数の原子核と電子からなる多体系である分子の電子状態を扱う際に、「核は核、電子は電子で分けて考える」ということをしばしば行います。
原子核は電子と比較して、極めて重たい粒子であり、動きが遅い (正確には運動量が小さい) ため成り立つ方法です。

核の位置を固定しておいて、その間を飛び回る電子の位置考えましょう、というところでしょうか。これは当たり前のように聞こえますが、電子と核は、引っ張り合って位置を動かし合うので、ちゃんと考えようとすると極めてややこしい(数学的には解けない多体問題)。そこで、核は固定!とします。
この近似のことを、提唱者にちなみボルン・オッペンハイマー近似と呼びます。

これと非常に近いところにある概念で、原子核が動くと、それに瞬時に追随して電子も動くと考える近似のことを断熱近似と呼びます。(どの項まで計算するかで、断熱近似かボルン・オッペンハイマー近似かが決まる

つまり、核の動きを考えれば、電子がどこにいるのか決まる、というのをややこしくきっちり定義しているのが断熱近似で、核の配置はみなさんもよく見るであろう図で表現されます(下図:水素分子の断熱ポテンシャル曲面の模式図)。振動準位を調和振動子として近似できる範囲で示すと二次関数になります。この断熱ポテンシャル曲面の上を伝って進行するのが断熱過程です。





この曲面同士が重なって混ざり合う時に、化学反応が進行するのですが、電子移動については、ポテンシャル曲面同士が近接さえしていれば、曲面が明確な交点を持っていなくても、トンネル現象で飛び移ってしまう。これを非断熱遷移と呼びます。
このような過程の場合、曲面から曲面へと飛び移る際の確率を表す透過係数(溶液系では多くの場合1として処理)を設定してやれば、二次関数同士の頂点と交点の関係は、再配列エネルギーを与えてやれば解けるという寸法です(下図左)。
逆に、二つの断熱曲面のミキシングが効いてくる場合は、その効果によって交点よりも低いところに活性化障壁のトップがくるので、それを考慮する必要が出てくる(そして式が複雑に、、、)(下図右)。





配位飽和の錯体同士の電子移動では、非断熱の電子移動として考えれば実験系をうまく解釈できます。
一方で、軌道間の相互作用が出てくる場合(π軌道同士のスタック経由など)は、断熱ポテンシャル曲面を伝って電子移動が進行します。
ここでは、式や再配列エネルギーについては記述しませんが、また掲載するかもしれません。
(注:架橋配位子が酸化還元の中心となる金属の間にはいったりしてガッツリと軌道同士が繋がると、二つの断熱ポテンシャル曲面の間に開いた"穴"は大きくなり、電子移動の速度はもはやマーカス式で記述されません。この穴のサイズをカップリングエナジー(V)と呼び、V < 1 kcal mol–1 のものを外圏型、V > 1 kcal mol–1 のものを内圏型と分類します。)


いろいろな資料に当たりましたが、webで見つかるものとしては、広島大山﨑勝義先生の資料が最も参考になりました。


参考にした資料から、面白かった知見を一部抜粋。

・ボルン・オッペンハイマー近似のほうが近似としては断熱近似より荒く、ボルン・オッペンハイマー近似では、同位体置換してもポテンシャル曲面は変わらない一方で、断熱近似の精度になると、変わってくる。

・断熱、とは解を求める過程で、異なる電子状態同士の相互作用についての項を切り捨てるために断熱とよばれるようだ。

・ボルンとオッペンハイマーの論文では、電子エネルギーが、分子の振動や回転のエネルギーよりも格段に大きなものになることを計算し、近似の妥当性を確認している。電子の質量と分子の換算質量の4乗根([m/µ]^1/4 ≡ κ)を定数として、電子エネルギー(Ee)、振動エネルギー(Ev)、回転エネルギー(Er)の関係は、Er ~ κ^2 Ev ~  κ^4 Ee となる。核種が大きくなるほど、κは小さくなる。水素分子の場合、核の運動エネルギーは電子の運動エネルギーの約3%、窒素分子ではこの関係は約0.9%になるそうだ。
電子遷移のエネルギー(紫外-可視領域, 3~1 eV)と比較して、振動順位の遷移(赤外 0.5~0.1 eV)がかなり小さくなることからも、電子の運動エネルギーと核の運動エネルギーのスケールが大きく異なることも納得できることかと思います。
(誤植あり、2019年に訂正)

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